正当事由なき立退き ~前編~

賃貸人に解約できる正当事由がないケース

このご相談を受けたのはコロナ禍初期の頃でした。

一棟の建物において賃貸中のお部屋が22室(多くはファミリータイプ)

すべての賃借人に対して、賃貸人から賃貸借契約を解除できる正当事由はありませんでした。

※「数か月以上の家賃滞納」があれば正当事由になりますが・・

 

正当事由なき22室の立退き交渉は、完了するまで何年かかるかわからないくらい、

とても大変な作業になるだろうという認識のもと、引き受けました。

 

 

立退業務を引き受ける「条件」その1

この業務を引き受けるにあたり、依頼主に対しては条件がありました。

それは、まず、「私が賃貸人(法人)の社員になること」でした。

私の立退き業務が「非弁行為」という違法行為になることを回避するためです。

 

現存する賃貸借契約を合意解約するにあたり、その条件交渉をしたり、合意解約の

書面を作成する行為は、本来、賃貸人本人か、弁護士がやらなければなりません。

賃貸人本人でもなく、弁護士でもない人間が立退業務を行いますと、「非弁行為」

と見做される可能性があります。

 

本件のような場合、賃貸人と私の双方における信頼関係は非常に重要です。

 

私が社員として働くことで、賃貸人である法人は、私と雇用契約を締結し、

給与や交通費、福利厚生なども含め、面倒な業務が増えることになります。

それ以上に法人として怖いのは、社員となった私が、何らか違法なことをしで

かせば、法人の名誉に傷が付くことになります。

 

一方、私の方は私の方で、色々と面倒なことが生じます。

弊社の代表として弊社本来の仕事をしながら、その法人の従業員として仕事をする

という図式になります。

私個人としては、複数の会社からの給与支給を受けることになるので、個人の年収

を調整するために、複数の会社からの給与を調整する作業が出てきます。

それ以前に、「その会社の従業員になることが、私の与信にマイナスにならないか?」

ということも考えなければなりません。

 

本件は、依頼主(賃貸人である法人)の代表と50年以上の親しい関係であったため、

お互いの信頼関係に何ら問題はありませんでした。

 

 

立退業務を引き受ける「条件」その2

賃貸人(代表)にお願いした、もう一つの条件は、特に初期段階において、

「代表者自らが、誠心誠意、賃借人を訪問し、頭を下げて退去をお願いすること」

です。

 

本件の賃貸マンションは「瀟洒な分譲マンション」と間違えるような外観です。

ペントハウスに代表者の自宅を設けるよう設計された賃貸マンションなので、一般的な

賃貸マンションと比較して、植栽と建物全体が、とても優雅なマンションです。

 

賃借人は、ペントハウスにオーナーである代表者が住んでいることも知っていますし、

日々、マンション内で顔を合わせることも多く、賃貸人と賃借人が顔見知りという

状況です。

 

そのような状況のもと、代表者自らが賃借人に退去をお願いすることなく、部下で

ある社員に訪問させるという姿勢は、必要以上に賃借人の感情を悪化させる可能性

が高くなります。

 

そもそも正当事由なき立退きなのです。

誠心誠意、退去のお願いをすることがとても大事なのです。

「オーナーがここまで低姿勢にお願いしてるのだから、協力してあげよう」

という気持ちになっていただかなければいけません。

 

賃貸人としては、ともすると、

「お金を払って立退き業務をお願いしているんだから、貴方がやることでしょ!」

という意識を持つのかもしれませんが、基本、日本の賃貸借契約は、正当事由なく

賃貸人からの契約解除はできないのですから、賃貸人本人も含め、関係者が一つに

なって丁寧に退去をお願いすることが、スムーズな退去完了への近道であると

認識すべきでしょう。

 

極端な話ですが、正当事由が全く見当たらない場合、

「家賃2年分のご迷惑料(立退料)を払いますから、賃貸借契約を合意解約してください」

と賃貸人がお願いしたとしても、

「いえ、私はここが非常に気に入ってますから、このまま住み続けます!」

と頑なに断られた場合、訴訟したところで裁判は2年以上かかり、その結果、立退き

できなかった、という結果になる可能性の方が高いと思います。

 

「それでは家賃を上げます!」と賃貸人が家賃値上げで賃借人を困らせようとしても、

「提示された新家賃は高いと思います。現行家賃を受け取らないなら法務局に供託します」

と、法律を勉強した方や弁護士等に相談した賃借人であれば、普通に対抗できます。

 

正当事由なき立ち退きは 「負け戦」 に似ている気がします。

可能な限り被害(損失)を少なくして戦を終わらせることに似ている気がします。

無理に戦おうとすれば、負けるだけではなく、被害が甚大になる・・

ギリギリのところで停戦状態に持って行かなければなりません。

正当事由なき立退きも、無理に戦うことは避けなければなりません。

そんな考え方で進めるべきものだと思っています。

 

※「一度賃貸したら簡単には解約できない」のは賃貸人にとっても困るので、

「定期借家契約」という新しい賃貸借制度が平成12年に施行されました。

賃借人の立場になって考えてみる

特に正当事由なき立退きの場合は、よくよく賃借人の立場を考慮してあげることが肝要です。

時々、こんなことを言う賃貸人がいます。

「立退料って、引っ越し代+家賃3か月分が相場ですよね?」

 

正直、「引っ越し代+家賃3か月が相場」と思い込んでいるようでしたら、

本件のような正当事由なき立退きは、とても大変な結末になると思います。

ここで、退去をお願いされた賃借人の心情を推察してみます

 

①転居先の賃貸借契約締結に要する先行費用

賃借にかかる費用は、物件や仲介業者によって千差万別ですが、およそ下記内容でしょう。

※下記のほか、「鍵交換費用」「退去時清掃費用」「保証料」なども発生することが多いですね。

 

敷金:家賃0~2か月分、礼金:家賃0~2か月分、仲介手数料:家賃1か月

 

一般的に、誰もが借りたくなるような「良い賃貸物件」の場合、敷金・礼金・仲介手数料

などの費用が多くかかると思います。

 

「まさか、敷・礼0円、手数料不要の転居先を探せ!ってことじゃないよね?」

 

賃借人としては、賃貸人から一方的に賃貸借契約を解約したいと言ってきているのだから、

現在の住まいより質の悪い物件を転居先として選びたくないのが本音でしょう。

 

そう考えますと、良い賃貸物件を探すことになり、必然的に費用が多くかかります。

敷金・礼金・仲介手数料のトータルで「家賃5か月分」かかることもあると思います。

※敷金はいつか返還されるでしょ?というご意見に対して、ここでの説明は割愛します。

 

②引っ越し費用

家族構成や家財の量によって引っ越し代は変動すると思いますが、賃借人にとっては

賃貸人から頼まれて転居する・・という感覚です。

段ボール箱1つ1つに家財を梱包し、転居先で1つ1つ開梱して家財を整理する。

「なぜこんな大変なことをしなければならないのか?」

本当にそう思う賃借人ばかりだと思います。

梱包から開梱まで、すべて引っ越し業者にお願いすると、費用は余計にかかります。

余計にかかりますが、その部分も含めて賃貸人が補償できるかどうか、そのあたりに

賃貸人の賃借人に対する「姿勢」が正に現れてしまいます。

 

③転居先で発生するエアコン設置費用

現在の賃貸物件がエアコン完備の場合、賃借人としては転居先もエアコン完備を考えます。

1部屋10~15万円として、3部屋分の設置ですと30~45万円はかかります。

 

 

④転居先の駐車場台数

郊外で家族居住の場合、車2~3台の方もいます。駐車場2~3台確保できる転居先探しは大変です。

駐車場1台につき礼金1か月分は必要でしょうし、近隣で駐車場を複数台確保できる

賃貸マンションを探さなければなりませんが、これ、かなり大変な作業です。

 

⑤学区の問題

子供に転校させたくない。良い学区なのでこの場所を選んだのに・・という賃借人も必ずいます。

同じ学区内で自分たちが気に入る転居先を探すのはとても大変です。

 

⑥勤務先が遠くなる

夜勤もある勤務先の目の前だったのでここを借りたのに・・という賃借人もいます。

「どこに転居しても職場からは遠くなります!」

本件も、3名の方がとても困惑していました。

同じ広さ、同じグレード、同程度の家賃、そんな物件を至近距離で探すのはとても難しいです。