「立ち退き(契約解除)」にあたり、賃貸人が必ず理解しておくべきこと

賃貸マンション24室の例

立ち退き交渉前の状況

・建物は4階建の賃貸マンション(RC造・築30年以内で比較的築浅)

・全30室超ある賃貸居室のうち、入居中は24室 

・居室タイプ 35~40㎡の単身者向けから 80~90㎡のファミリータイプまで

・家賃 6~12万円 (物件所在は都心ではありません)

・立ち退き理由 度重なる雨漏りや設備故障により賃貸を断念、建物を解体するので

 

賃借人へ提示した退去条件

・ご迷惑料として家賃6か月分

・引越し費用の全額負担

・転居先の家賃発生日から退去完了日までの家賃を無償(2か月を限度)

オーナー(賃貸人)は知らない 「借地借家法」のこと

 

第〇条(途中解約)

本賃貸借契約に定められた賃貸期間中であっても、借主は1か月前までに、貸主は2か月前までに相手方に通知をすることで、本賃貸借契約を解除できるものとする。

 

これまで日本国内で締結されてきた(普通)賃貸借契約書には、もれなくこんな条文が設置されています。

 

 契約書によっては2か月が3~6か月だったりすることがありますが、「賃貸人が希望すれば、賃貸借契約を解除できる」とする条文が必ずと言ってよいほど記載されています。

 

しかし、現在の日本の借地借家法により、賃借人の地位は非常に強く守られており、賃貸借契約書に記載されていたとしても、基本、賃貸人からの一方的な契約解除は認められません。

 

「いやいや、ちゃんと契約書に記載されているし、借主もその内容をちゃんとわかって契約したんだから、契約書通り解除できるはずでしょ~!」

 

そう反論するオーナー(賃貸人)さんも少なからずいらっしゃると思います。

 

確かに「契約自由の原則」はありますが、借地借家契約においては、賃借人を保護する観点から、当事者間の合意の如何を問わずに適用される「強行法規」が多く定められていて、強行法規に反する内容で賃借人に不利な契約内容は無効とされます。

この強行法規により、賃借人からの〇か月前の告知で契約解除できる・・という条文は無効となり、また、定期借家ではない普通賃貸借において、賃貸借期間満了時に賃貸人が更新を拒否することも認められません。

 

ただし、賃貸人に「契約を解除する正当事由」がある場合は、契約を解除できます。

 

「契約を解除する正当事由」で最も分かり易いのが「家賃滞納」です。

一般的には家賃を3か月以上滞納すると、賃貸人が解除できる正当事由になると思います。

1~2か月の家賃滞納では解除の正当事由にはならないのが日本の現状です。

 

家賃滞納以外では、賃貸人が仕事等で海外滞在中に賃貸していたが、帰国して、唯一所有している居住用不動産に戻って住もうとした場合の解除も、基本、正当事由が認められるはずです。

複数の居住用不動産を所有している場合、状況によっては正当事由が認められないこともあると思います。

 

本事例のような、「所有する唯一の居住用不動産ではない賃貸マンション」を「雨漏りや設備故障が度重なり、建物を解体するので・・」という理由で契約解除する場合、これが正当事由に当たるかどうかですが、恐らく立ち退き訴訟をしたとしても、

「しっかりと雨漏り箇所を補修し、設備もしっかりとメンテナスすれば、本件建物はまだ築30年未満のRC造なわけですから、まだまだ賃貸可能な建物と判断できます。雨漏りや設備故障は賃貸借契約を解除する正当事由にはなりません」

と裁判官から言われる可能性が高いと思います。

オーナー(賃貸人)は知らない 「立ち退き料」のこと

「十分な立ち退き料を払えば解除できるはず!」

これも多くのオーナー(賃貸人)が間違って認識している部分です。

 

あくまでも「正当事由」がなければ賃貸人からの解除は認められません。

「立ち退き料」というのは、「正当事由」の不足部分に対する「補完」に過ぎません。

正当事由が十分満足できる状態ではない場合、正当事由の不足部分を「対価」を以って補完することで正当事由と見做される・・という考え方です。

極端に言えば、正当事由など全くない状況においては、いくら多額の立ち退き料を提示したとしても、解除できる正当事由にはなりません。

正当事由「0%」は、立ち退き料を積めば「100%」とはならないということです。

 

「こんなに補償額を提示しても受け入れてくれないとは、なんて欲張りな賃借人なんだ!」

そんな風に思うオーナー(賃貸人)気持ちはわからなくもないですが、正当事由が見当たらない状況においては、賃貸人から提示された立ち退き料に納得して退去するのか、立ち退き料の額に関係なく、そのまま住み続けるのか、それは、裁判官ではなく賃借人の判断に委ねられるということです。

オーナー(賃貸人)は知らない 「戦ってはいけない」こと

ひょっとすると、「借主は貸主の言うことに従うべきだ」というような思考を持つ人が少なからずいらっしゃるのかもしれません。

このような思考になってしまいますと、「出ていかないなら弁護士に頼んで出て行ってもらう!」というような行動に短絡的に繋がってしまいがちです。

しかし、賃貸人が弁護士を立ててしまった場合、賃借人も弁護士を立てることになるでしょう。

賃借人の弁護士は、まず、賃貸人に「正当事由」があるかどうかを確認し、正当事由がなさそうであれば、賃貸人に対して強く抵抗することになります。

そうなった場合、裁判官は借地借家法により状況を判断しますから、賃貸人側にとっては分の悪い係争がスタートします。

 

弁護士を立てない賃借人でも、

「家賃6か月分ではなく1年分の補償でしたら合意解除しますけど・・」

というような賃借人は、正当事由のない賃借人との交渉術を知っている賃借人です。

立ち退き裁判を受けて立つことさえ厭わなければ、1年分以上の立ち退き料を貰える可能性があることを知っている賃借人です。

このような賃借人と係争することは得策ではありません。

どこか妥協できる立ち退き料で解決すべきだと思います。

 

弁護士というのは、「日本の法律に則って戦う人」です。

日本の法律で強く守られている賃借人を相手に戦うのは、とっても分が悪い戦いです。

弁護士に相談すること自体はお勧めしますが、いきなり弁護士に戦わせることはお勧めできません。

初期段階において、立ち退きに詳しい弁護士から、借地借家法に照らし合わせた現状を説明してもらうことを強くお勧めします。

正当事由なき立ち退きがどれほど大変なことか、立ち退きに詳しい弁護士であれば、嫌というほど経験されていますから・・。

 

スムーズな立ち退きへの指針

アパートや賃貸マンション一棟を解体する等の目的で、入居中のすべての賃借人を退去させたい場合ですが、その多くの場合、賃貸人には「正当事由」はありません。

すべての賃借人が家賃を滞納していることもないでしょうし、すべての賃借人が急に反社認定されたり破産したりして、解除条件を満たすことになることもないでしょうから・・

 

つまり、多くの場合、賃貸人は正当事由なき立ち退きを交渉することになります。

借地借家法で強く守られた相手に対する交渉なので、とても分が悪い交渉です。

そんな正当事由なき立ち退きで最も大切なのは、個人的には「賃貸人の姿勢」だと思っています。

 

「賃貸人の姿勢」とは、「賃借人を思いやる姿勢」です。

正当事由なき立ち退きは、「こちらの勝手な都合を押し付けている」ということを十分認識すること。

また、ある程度の補償(立ち退き料)は当たり前のことで、賃借人としては思いもよらなかった「引っ越し」という面倒な作業を強いることを認識すること。

※転居先の賃貸物件を探すのって、本当に大変ですよね?

そんな姿勢がとても大切だと思っています。

 

賃貸人の姿勢が間違った方に向かってしまい、相手の感情を過度に逆なでてしまうと、賃借人が戦闘モードに入ったりします。

一度戦闘モードに入ってしまうと、最終的には立ち退き訴訟をするしかなくなり、そうなると、借地借家法で守られた相手の方が有利です。

 

スムーズな立ち退きに最も必要なのは、賃貸人の、心から賃借人を思いやる姿勢だと思っています。