正当事由なき立退き ~後編~

本件のステップ

以下、本件のステップ(概略)です

①代表者による全住戸訪問 

 ご挨拶書面、補償内容を記した書面、お土産を持って賃貸人代表者と賃貸管理会社が訪問する

 ご退去いただく理由をしっかりとご説明し、丁寧にお願いをする。

②賃貸人から正式な解約通知を発送 (ご挨拶できていない住戸は発送を控える)

 賃貸借契約書に記載されている「賃貸人は6か月前までに通知して解約する」という条文の通り、

 解約通知が到着するであろう日から6か月+αの日付を解約日として発送する。(※注1)

 再度、解約に伴う賃貸人からの補償内容を明記した書類も同封する。

 本件の連絡先として、担当者(私)の携帯番号とメールアドレスを記載した挨拶文も同封する。

 ご不明点や質問事項など、曜日・時間帯を問わず、すべて担当者(私)へお問合せいただく。

 ※専用携帯を用意し、かかってくる電話はすべて入居関係者からの電話とわかることが大事。

③入居者からのご連絡を待つ

 コロナ禍真っ只中でもあり、代表者のご挨拶後は訪問をせず、しばらくは架電もしない。

④入居者からの問い合わせに丁寧に対応する。

 ある程度の補償内容の+αは、あらかじめ代表者の了解を得ている範囲で承諾する。

 新たな補償条件を要求された場合でも、まずは誠実に受け止め、代表者と調整して回答する。

⑤転居先が決定した入居者から、正式な合意解約書面を作成・締結する。

 交渉中の入居者や合意解約した入居者と代表者がマンション内で顔を合わせることもあるので、

 立退き交渉の日々の状況変化は、都度、代表者へメール・電話等で報告する。

 代表者が合意解約した入居者と会った際には、必ずお礼の言葉を伝える。

⑥退去完了時は賃貸管理会社の立会で、退去完了手続きをする。

⑦退去完了から約束した日までに補償した金額(残金)を入居者へ振り込む。

⑧高齢者等で引っ越しが大変な方はお手伝いする。

 

(注1)

正当事由なき解約の場合、たとえ賃貸借契約の条文の通り6か月前に解約予告してもあまり意味がありませんが、せめて(6か月前という)条文を遵守する姿勢が大事だと思います。

賃貸人としては「賃貸借契約書に『6か月前に通知すれば解約できる』としっかり記載してあるのだから、『契約自由の原則』により問題なく解約できるはずですよね!」と思われるかもしれませんが、借地借家法において「仮に賃貸人に有利な条項を定めても無効とする」という『強行規定』が優先されるので、正当事由のない賃貸人からの一方的な解約はできません。 

個人的には、すべての賃貸借契約書において、何故、この「仮に賃貸人に有利な条項を定めても無効とする」という『強行規定』のことを記載しておかないのか?あるいは重要事項説明書において、強行規定があることを記載しておかないのか?と思ったりもしますが、「まずは賃貸人が存在しなければ賃貸借契約も存在しない」ということで、不動産業界全体において賃貸人を大事にするという文化が根付いていることで難しいのかもれません。

補償内容

本件の補償内容は、ほぼ下記の通りです。

立退きに関する補償条件は、賃貸条件や立退きに許容できる期間により非常に大きく変動

するはずですので、本件の補償内容は参考までに留めていただければ幸いです。

①現住居の預かり敷金

退去時に全額返還。原状回復義務の一切を免除。

②引っ越し代

引越し業者の見積書に記載された額を、見積書FAX到着日から7日以内に送金。

③ご迷惑料

家賃6か月分。この内、転居先の賃貸借契約時に必要な金額は事前に送金。

④転居するまでの現住居家賃

転居前に転居先の家賃が発生する場合、転居先家賃発生日以降の現住居家賃や

共益費・駐車場代等は免除。(支払済の場合は日割精算返金)

⑤エアコン

現住居に設置されたエアコンは転居先へ持ち出しOK。(移設費用は自己負担)

入居者からの問合せ内容

①「家賃6か月分」という補償額について

7割ほどの入居者からは「6か月」という補償額についての問合せはありませんでした。

残り3割の方は、程度の差はあれ、「補償額が少ない」と言われました。

実際、転居にかかったすべての費用が、上記①~⑤の補償では足りなかった方もいました。

補償が足りなかった方の多くは、「転居先でのエアコン設置」でした。

現住居のエアコンがマルチエアコンだった住戸もありましたが、せっかくエアコンを転居先に

移設しようとして持ち出したのですが、転居先で設置できなかった方もいました。

 

②引っ越し費用

「梱包から開梱までの一切を引っ越し業者にお願いしても良いか?」

という問い合わせは数件ありました。

まだ生後間もない赤ちゃんがいる住戸から、「申し訳ないのですが・・」と低姿勢にお願い

されたケースもあれば、「一方的に退去しろって言われてる側なのだから、このくらいの費用は

見てもらっても良いよね?」と厳しい口調で要求されたケースもありました。

都度、代表者と相談しながら補償条件を調整しました。

 

③転居先が見つからない

夜勤もある職場が見の前なので・・という方が数名いらっしゃいました。

いずれも単身者の方で、現入居中のお部屋としては、広めのワンルームか1LDKでしたが、

同じような広いワンルームや1LDKが近くにはありませんでした。

この方々に対しては、代表者も自らスマホで物件探しをして、直接その入居者へメールで

物件情報を送るなど、非常に親切な対応をされました。

結果、十分に満足された物件ではなかったかもしれませんが、恐らく代表者の温かい

対応に免じて、転居先を決定していただいたのではないかと推察します。

ほぼ半年で退去完了

代表者が1軒1軒訪問し始めた日から、約半年で退去は完了しました。

「正当事由なき立退き」が半年間で完了できた要因ですが、それは、

「代表者の低姿勢なお願い & 転居先探しの協力」

これに尽きると思っています。

「とにかく正当事由がないのですからね!」という私からの説明を十分に理解され、

「本当に申し訳ありませんが、何卒、ご退去にご協力くださいませ」

という言葉がいつも代表者の顔に出ているような、そんな代表者の姿勢でした。

これが一番大きな要因だと思っています。

 

次に大きな要因としては、トータルとしての補償内容だと思います。

勿論、「6か月分なんてふざけた額じゃなくて、少なくとも1年分でしょ!」

と厳しく怒られた方もいらっしゃいましたが、全体的には大きな反論はありませんでした。

これも、正当事由なき立退きの困難さを、代表者が十分に理解してくれたからだと

思っています。

ともすると、「賃借人って、ただ借りてるだけでしょ?」なんて賃貸人もいます。

そんな意識で正当事由なき立退き作業を行っていたら、退去完了から2年以上経ちますが、

恐らく現在も立退きは完了していないものと推測します。

 

もう一点、とても大事な要因があります。

それは、初期段階から「弁護士を代理人として立退き交渉しない」ということです。

本件の賃貸人は一般事業法人(製造業です)で、長年にわたり顧問されている弁護士もいます。

弁護士が交渉するというのは、非弁行為にならないという観点からは良いのですが、

賃貸人が弁護士を立てれば、賃借人も弁護士を立ててくる可能性が高くなります。

当然、賃借人側の弁護士からは、「これ、解約できる正当事由がありませんよね?」

という強い法的根拠で対抗されることは火を見るよりも明らかです。

本件は賃貸人が法人でしたので、交渉窓口として、従業員である私が担当するという選択肢

を持てたことは幸運だったかもしれません。

賃貸人が個人の場合ですと、私のような第三者が代理人となりますと、非弁行為になる可能性

がありますので、常に賃貸人に寄り添うアドバイザーとして私のような存在を設け、すべての

ステップにおいて賃貸人本人が前面に出て交渉する必要があろうかと思います。

 

最後に、担当者(私のこと)についてですが、

「いつ・何時でも・必ず 携帯電話に出て、誠実に対応する」 というところでしょうか。

入居者にとっては、

「全く予期していなかった」「とても面倒な」「協力する必要もない」 退去です。

不明な点や不安な点が発生したら、できる限り早く解決したいと思うはずです。

そんなとき、「担当者の携帯に電話しても出ない」「折り返しの電話がこない」

などという対応では、協力しようと思っていた気持ちも消えてしまいます。

当然ながら、曜日など関係なく、早朝でも深夜でも、対応しなければなりません。

少なくとも半年くらいは、枕元に専用携帯を置いて就寝する覚悟は必要です。